高等教育の修学支援新制度認定校仙台 専門学校日本デザイナー芸術学院

「……ねぇ、君はだぁれ?」 突然の声に驚いた。何せ、この寂れた神社を人間が訪れたのは久々だったから。そもそも、私のことが見えるなんて……。声がした方を振り向くと、そこには小さな少年が小首を傾げて立っていた。雪が降り積もる中、薄い病衣に身を包んで。私はその異様な姿に疑問を覚えたが口にはしなかった。
「……私か?私は、神だ」
すると、少年は何を言われているのか分からないというように目を白黒させる。
「……カミサマなの!?」
その瞳には、きらきらとした小さな星が宿っていた。
「すごいや!ママが、いつもカミサマ!って祈るんだ。そのカミサマなんだね!」
少年は好奇心を抑えれらないとでも言うように周りをうろちょろする。少しすると、好奇心が満たされたのか、先程の無邪気な姿とは打って変わり、暗く俯きがちに言った。

「……カミサマは……ずっと一人なの?」
「あぁ」
少年は何を思ったのか、少し考えるような素振りを見せてから、真面目な表情でまた尋ねた。
「……ねぇ、カミサマはさびしくないの?」
幼さ故か、まだたどたどしい口調だった。
「ふん、寂しいもへったくれもあるか。私は神だぞ」
私は鼻を鳴らし、そっぽを向く。視界には塗装が剥がれ落ち、灰色に変色した古びた鳥居が映った。
「うん。でも、カミサマもさびしいと思うんだ!だから、今日から僕が毎日ここに来るってやくそくするよ!」 「……は?」

それから少年は本当に約束を守った。どんな悪天候でも、一日も欠かさずに神社に来た。雷が轟いているどしゃ降りの日にも傘も差さずに来た日もあった。あの日は酷く叱ったものだ。夜遅く決まった時間に訪ねてきて、隣に座って星を眺める。そして、その日にあった出来事を楽しげに話してくる。テレビが面白かったとか、ここへ来る途中にツツジが咲いていたとか、すれ違ったおばちゃんに飴を貰ったとか、本当に他愛もない話だ。
そんなつまらない話を人通りした後、少年は名残惜しげに帰路に就く。その背中を見ながら、もっと面白い話をしろと何度思ったか分からない。

時は流れ、少年は背が伸び、声が低くなり、青年になった。
「お主、幾つになる」
特に意味はない。少し気になったから聞いたまでだ。
「明日で二十歳。もう立派な大人さ!」
青年は少し誇らしげに胸を張って答えた。
「ふん、二十歳などまだまだだわ。赤子同然よ」
「神様の世界ではまだまだか!はは、……ゲホッ、ゲホッ!」
笑った青年の息に連動して、喉を痛めそうな咳が漏れた。
「……何だ風邪か?」
「……あぁ、そうなんだ。季節の変わり目で少しね」
「全く……しっかりせんか」
やれやれ、といわんばかりに肩を竦めれば、青年は困り眉で笑った。
「……ねぇ、見てよ神様。星が綺麗だ」
唐突に言う青年の瞳には、夜空に輝く星々。
私もその満点の星を見上げた。
「この星はな、死んだ者たちが輝いているから、こんなにも綺麗なのだぞ」
そう教えれば、青年は目をつぶった。
「……じゃあ、僕が死んだ時は一番明るく綺麗に輝くね!」
私はその言葉で胸をきつく絞られたような悲しみが沸いた。何故だかは分からない。けれども、もし青年が死んでしまったらと想像すると、世界が消えてしまうような思いに襲われる。私はそれに気づかないふりをした。
「……そうか、綺麗に輝くのだぞ」
「うん」
青年は柔らかな微笑をして、おもむろに頷いた。それから一つ息を吐くと、かげりのある表情に変わった。
「……じゃあ、もう行かなきゃ」
「……もうか」
何時もより早いが、まぁどうでも良い。
「うん、明日は大事な用があるから。ごめんね」
申し訳なさげに手を合わせて謝ってくる青年をしっしと追い払う。
「良い良い、早う帰れ」
帰路に就く背中を眺めていると、不意に青年が振り返った。何時もは楽しげに輝いている瞳が、何故か不安げに揺れていた。

「……ねぇ、神様」
「何だ」
「僕ね、明日……」
青年はそこまで行った後、言い淀んで項垂れた。先程まで私達を照らしていた柔らかい月光が厚い雲に隠された。少しして、再び月が顔を覗かせると、青年は何かを言いかけて飲み込んだ。そして、何かを決意したように
「……また、明日」
今度は一度も振り返らず、ふらつきながら走って行った。少し様子が変だった。まあ、明日聞けば良いか。
境内で咲いていた最後の白ツツジが、人知れずポトリと落ちた。

––その「明日」は永遠に訪れなかった。あの日以降、青年がぱったりと来なくなったからだ。何日経っても、何か月経っても、青年は現れなかった。
どれくらいの間、星を眺めていたのだろう。唐突に体がほろほろと崩れ始めた。驚きで少し目を開いたが、そっと閉じた。心のどこかではまだ信じていなかった。だが、こうなっては信じざるを得ない。
神の間で囁かれてる言い伝えが二つあった。
一つ。人間に忘れられると、神は消えてしまう。二つ。人間は死んだら星になる。
「……あやつも私も忘れおったか」
零れた言葉と水滴は枯れ草に落ちて溶けた。私は最後にもう一度空を見た。すると今、夜空に一つ温かな光が増えた。––その輝きは、何故か青年を思い出させる。
「……そうか、そうだったのか」
独りごちた言葉は誰にも届かず、私は消え去った。

一つの星が何か言いたげに夜の淵をなぞった。その星は、星々の中で一等強く輝いていた。