ライトノベル受賞作品

また来世で逢いましょう

 昼休み、大学の屋上でぼーっと、あの日の禍々しい程赤く染まった空を思い出していた。すると、空から翼の生えた女の子が舞い降りてきて言った。
「私は恋のキューピッドです。さぁ、貴方の恋を叶えましょう!」
……は?何の冗談かと思い、頬をつねり、目を擦ったがどうやら幻覚では無いようだ。

話を聞くところによると、空から舞い降りてきた女の子は俗に言う「恋のキューピッド」 らしい。確かに、背中に翼が生えているし、弓矢を持っている。また、その姿は俺にしか見えないらしい。なんとも不思議な話だ。
にわかには信じがたいが、空から舞い降りてきたのをこの目で見たし信じるしかなさそうだ。だが、一つ気になっている事がある。
「君がキューピッドだと仮定して、その顔の紙は何なんだ?」
キューピッドは顔に白い紙を貼っていたのだ。
「仮定じゃなくて本物です! 顔は不用意に見せてはいけない規則なのです。ご容赦ください」
 キューピッドが紙を押さえながら答えた。ふぅん、そういうものなのか。……ところでこの声、聞き覚えがあるような……?
「それで、そのキューピッドさんが俺に何の御用で?」
「そうでした! 仕事をしなければ」
思い出したように手を叩いて言葉を続ける。
「貴方には運命の人がいます! 私は貴方と運命の相手を結ばせるためにやって来ました」
 ……何を言っているんだ? まぁ、適当に言って、帰ってもらおう……いや、待てよ?
やっぱり、この声聞き覚えがある。
「……なぁ、もしかして、俺と君って逢ったこと」
 そう言いかけた俺の言葉を遮って、キューピッドが言った。
「あ。ほら、あの子ですよ!」
 キューピッドが指を指した先には、同じクラスの結構人気な女の子が居た。
「なかなか可愛い子ですよね」
キューピッドが楽しそうに俺に話しかける。
「……そうか? なぁ、それより」
「さぁ、頑張ってあの子のハートを射止めましょう!」
またもや、言葉を遮られ俺は深く溜息を吐いた。どうやら話を聞いてもらえないらしい。
「まずは相手に自分の事をちゃんと認識させましょう。偶然を装って、曲がり角で軽くぶつかりましょう! 私が合図するので、その時に飛び出して下さいね」
笑顔で俺に説明をしてくるが、俺には全くやる気がない。
「あ、早速来ますよ。3・2・1、今です!」
 キューピッドが指でカウントをとり、ゴーサインを出した。だが俺は、女の子が目の前を通り過ぎた事を確認してから角を曲がった。
「え、何をしてるのですか⁉ ちゃんとぶつからないと!」
 一人焦るキューピッドを背中に俺はスタスタと歩く。
「……ぶつかるのが嫌なのですか? じゃあ、別の作戦にしましょう」
 別に作戦の問題ではない。根本的に俺は乗り気じゃないし、やるとも言っていない。そう言おうと口を開くと、キューピッドが手をパンと鳴らした。
「それじゃあ、私があの子のハンカチをこっそり抜いて床に落としておくので、それを届けて会話のきっかけを作りましょう!」
 そう言って、俺の返事も聞かずにキューピッドがふわふわと浮いて女の子に近づく。そして、ゴソゴソとポケットを漁ってハンカチを取り出し、そっと床に置いた。
「拾ってくださーい!」
遠くから、キューピッドが俺に声をかける。
だが、またもやその言葉を無視して背を向け歩き出す。
「え、えぇ⁉」
 振り返ると、ハンカチと俺を交互に見て戸惑っている。少し大袈裟に溜息をついてその場で待つ。肩を落としたキューピッドがハンカチをそっと戻して帰ってきた。
「もう、どうしてやらないのですか!」
 キューピッドは俺が行動を起こさない事に頬を膨らませる。あれだけお膳立てしているのに動かないから当然だろうなと他人事のように考える。
「俺はやるなんて一言も言ってない」
「どうしてですか⁉ あの子は貴方の運命の相手なのですよ⁉」
 キューピッドが本当に分からないというように首を振った。俺は何も言わずにキューピッドに手を伸ばす。
「……どうしてって、俺の運命の相手は……お前だろ?」
 キューピッドの顔を隠している紙をそっと上げると、やはりそこには数年前に交通事故で亡くなった愛しい恋人の顔があった。
「……どうして⁉ いつから気づいて⁉」
 本当に驚いたようで声と唇がフルフルと震えていた。
「最初から」
 したり顔でにやりと笑うと、彼女の瞳がうるんで瞼から溢れた。
「ごめんなさい私、本当はキューピッドなんかじゃないの。ただ、貴方が心配で居ても立っても居られなくて……!」
 泣きじゃくりながら説明する彼女の大粒の涙をそっと指先で拭う。
「俺がお前の事を忘れるとでも思ったのか?何十年も何百年も何千年も待っててやる」
俺が彼女の瞳を真っ直ぐ見つめると、少し不安げに口を開いた。
「……ほんと? 約束だからね?」
「あぁ、約束だ。……だから、早く生まれ変わって来い。」
「ふふ、そっか。良かった……またね」
 満足したのかこの世の何よりも綺麗に微笑んで、今度はあの日のような赤ではなく、朱を含んだ紫陽花色の夕空に消えてしまった。

 その数年後、街を歩いていると何かに足を引き留められた。振り返ると、まだ年端もいかない少女が俺の服を掴んでいた。
「私は恋のキューピッドです。さぁ、貴方の恋を叶えましょう!」