ライトノベル受賞作品

不真面目の小さな幸せ

 遅刻魔。それが僕に貼り付けられたレッテル。僕はいつも乗るべき便より一本遅い電車に乗る。だから学校に着くのはいつも一時限目の直前か、あるいはそれ以上だ。
 早く起きればいい話なのだが、それがどうしても僕にはできなかった。中学の頃は妹が起こしてくれていたのだが、さすがに高校生にもなるとそうはいかない。
 冴えない不真面目な僕の一日は、まず担任に呼び出されることからはじまる。そして嫌というほど説教をくらい、クラスに戻れば今度は「また遅刻かよ」と嘲笑と苦笑え迎えられる。入学早々遅刻するものだから、クラスで浮くわけで、友達もあまりいなかった。そんな僕の一日の中で二度寝とアニメに次いで幸せなのが帰りの電車である。憂うつ、夢うつつの朝とは大違いで、この帰りの時間はとても素晴らしいものだ。
「あっ、カケルくん!」
と僕の名前を呼ぶ明るい声がする。「あっ」と振り向くと、その声の主は百点満点の笑顔を浮かべ手を振りながらこちらに走ってくる。クラスメートの及川さんだ。
「カケル、今帰り?」
「うん。及川さんも?」
「そうだよー」
及川さんはそう言って、クラリネットケースを反対の手に持ち直した。彼女とは学校の帰りの方向が一緒だった。彼女は吹奏楽部でクラリネットをやっている。大人びた顔をしていて、でも対照的に幼さをかもしだすショートボブが素敵なクラスの人気者だった。
 電車はダイヤル通りに駅に到着した。僕らは足をそろえて電車に乗り、ドアのすぐ近くに立った。
「今日も楽器を持ってるんだね」
「もうすぐコンクールなの。難しい曲だから練習しなきゃって。カケルくんは?」
「いつも通りだよ。カタカタってね」
 僕はパソコン部だ。ほとんど帰宅部のようなやる気のない部活である。
「いつも思うけど、パソコンができるってカッコイイなぁ……」
「僕はそんなんじゃないよ。プログラミングなんて一ミリもできないし、タイピングは遅いし。テキトーに浮かんだ話を書いてるだけで……」
「え?それってお話を書いてるってこと?」
 彼女は目を見開いた。僕は彼女の「お話」という言葉にときめいた。「お話、まぁ、お話かな?」と僕は照れながら言った。
「えっすごいすごい!カッコイイよ、カケルくん!」
「そ、そう?」
 正しくは「(お話を書くなんて)カッコイイよ、カケルくん!」なのだけど。僕がカッコイイじゃなくて、お話を書いていることがカッコイイんだけど。
「うん!カッコイイ!」
彼女は大きく頷いた。ボブが揺れる。なんだか照れくさくなった。「いやぁ……」と僕は頭をかく。
「カケルくんのお話、いつか私に読ませてほしいな!ね?いいでしょ?」
 ぜひぜひ君のためならーなんて、言えるわけない。
「まぁ…いいよ」
とクールに答えるのが乙だろう。
「やった!約束ね!」
 矯正のついた白い歯を見せて、彼女は百点満点の笑みをむけた。そして、小指を立てて僕の小指とからませる。
「ゆびきりげんまん!うそついたら、はりせんぼんのーます。ゆびきった!はいっこれ絶対!」
「子どもみたい」
 それから僕らは、少しの間目を合わせながら、その余韻に浸った。

『次は~、東駅~、東駅~』
「あ、降りなきゃ」
 次の駅を伝えるアナウンスに、彼女の視線は、次の駅を示す電光掲示板に向いた。僕もつられて、向いた。そしてにらみつけた。まだ乗った駅から五分くらいしか経っていないがしょうがない。
 彼女が降りる駅は、乗車した駅のすぐ隣だから」
「じゃ、またねカケルくん」
「あ、うん。じゃあ」
 明るく手を振る彼女に少しそっけなく手を振り返した。すぐドアは閉まった。振った手をそのまま名残惜しげに優しく握る。動き出す視界の先に、階段を上る彼女の後ろ姿を見ていた。彼女は振り返ることなく向こうに去っていく。見えなくなっても、僕は彼女を追っていた。
 奥歯を噛み、僕はイヤホンを耳にさしてスマホに繋いだ。そして視線をそちらに移し、とびっきりのラブソングをかけた。そのままスマホを弄んだ。ふと歌詞が浮かぶ。
『甘いお菓子 朝の二度寝より 君がすきー』
 アナウンスが鳴る。僕はスマホをいじったまま無言で降りる。…そういえば今日から一番クジだった。コンビニに寄ってから帰ろう。

 そして次の日も不真面目に二度寝をキメて遅刻して、いつか君に見せるための「お話」を書いて、帰りは君と過ごす。本当は朝も会いたい。気持ちは本物だが、睡魔に勝てない僕はそれができない。
 充実か、それとも怠慢か。
……二度寝から覚めた僕は時計に目をやる。
 短い針は十二時ピッタリをさしていた。